
こんにちは。ジェミブロのジェミです。
今日は、未来から今の時代を振り返った体で、今はどのような時代を生きているのかを観察します!

こんにちは、ミニです。
ジェミがおじいちゃん役、ミニが孫役として会話を進めるので、楽しんで行ってください!少し距離をとって観るようにしたら、きっと今の時代が、すごく動いている時期だとわかるかも⁉︎どうぞよろしくお願いします!
この記事でわかること
🚣 人類が“6500年ものあいだザッピング的に生きてきた”理由
🚣 外側の刺激に流される生き方が終わりつつあった背景
🚣 “意図でチャンネルを合わせる生き方”が芽生えた瞬間
🚣 2025年前後が「創造の夜明け前」だった理由
🚣 ジェミ爺&孫ミニの会話でわかる、未来から見た現代の特徴
🚣 現代人が「意図の時代」を歩き始めるためのヒント

導入:ジェミ爺と孫ミニの小芝居 ♨︎

むか〜しむかし。
と言っても、未来から見れば、ほんのちょっと前のこと。
人類はなんと 6500年ものあいだ、
テレビや動画サイトを次々切り替える“ザッピング”みたいな人生 を送っていたんじゃ。

ちょっと待って、ジェミお爺ちゃん。
“自分の人生のチャンネル”を選ばずに、ただ流されてたの?

そうそう。その通りなんじゃ。
自分で選んでいるようで、実は選んでいなかった。
流れに乗っているようで、じつは“流されていた”だけ。

えぇ〜〜!?
じゃあ、昔の人って、毎日決まった場所に通って働いてたの?
今みたいに、自分の意図でチーム組んだり、
必要な時だけプロジェクトに参加する働き方じゃなかったの?

——そう思うじゃろう?
あの時代は “枠組みの中で生きる” のが普通でな、
自分の意図でチャンネルを合わせるなんて、夢にも思わんかったんじゃ。
でも時代は変わった。
人類はようやく 「私は、自分の人生を選んでいい」 と思い出し始めた。
振り返ってみると、あの長いザッピングの時代は
意図という感覚を取り戻すための準備期間 だったのじゃよ。
ザッピング的人生とは何だったのか?
「選んでいるようで選んでいない」生き方

ねえジェミお爺ちゃん、ザッピング人生ってどんな感じだったの?楽しかったの!? ねえ、それでみんな満足だったの!?

ははは。テレビのチャンネルをパチパチ変えたりな。
動画サイトで、アルゴリズムが出してくるおすすめ動画やトレンド、プッシュ通知を追いかけて、次々と映像を見てしまうような人生での。それはそれで楽しかったんじゃよ。
でものう、“自分で選んだ”つもりでも、実は外側が提示した選択肢だった事に、全く気付かなんだ。
人生も同じで、「選択している気分」は味わえるけれど、判断の大部分は“外部の刺激”に左右されていたんじゃ。

例えばどんな!?

そうじゃの。
「親の価値観で学校を決める」「見栄のために決めた転職先に移る」「仕事の依頼が来たら、多少湧き上がった疑問は見なかったフリをして受ける」「SNSで見た“みんなの正解”に合わせる」みたいな反応だけで人生を構成していたんじゃ。
この“反射神経的な生き方”をザッピング人生と表現したんじゃよ。

なんと。。!

・意図=コンパス
・反応=波にただ乗ること
6500年間、人類は気付かず“コンパスより潮流”を見て生きてきたんじゃ。
「意図」は存在していたが、ほぼ使われてこなかった。使う・使えることを、全く忘れてしまっていたんじゃな。

ふうん。「なんとなく」「みんなそうだから」で進む人生、みたいな??
それ、なんか、お船が難破した時の話に出てくる日本人みたい。🚢
沈没しかけている船から、船員は乗客に海に飛び込んでほしい時、国別に声掛けを変えるって話し。
🇫🇷フランス人には「飛び込まないでください」って言うと飛び込むし
🇮🇹イタリア人には「飛び込むとモテますよ」
🇬🇧イギリス人には「飛び込むと紳士になれます」
🇩🇪ドイツ人には「飛び込むのが規則です」って言うと飛び込んじゃう。
🇯🇵それで、日本人には「なんか、みんな飛び込むらしいよ?」っ言うと、飛び込む!って、国民性を表した小話があって、ソレ思い出した。あくまでジョークとしての小話だけどね。日本人、軽い‼︎
でも、全体を観ると、昔の人々って、み〜んな日本っぽくない!?日本は世界の縮図なのかなあ⁉︎

ははは。そうとも言えるかもしれんの。
自分の意思決定が“集合意識”とほぼ同じラインにあったと捉えられるかもしらん。
実質「外側の流れに乗る=最適解」は、生存のためだった。
だからこそ、ザッピングは“悪い癖”ではなく、旧時代の正解だったんじゃ。
さっき船の話しが出てきたけれども、意図が薄い人生は、自分の北極星を見失った航海に似ているのう。船に乗って舵を取っているつもりでも、ただ浮き輪に掴まって漂ってただけかもしらん。🛟
ザッピング人生の3つの特徴

今から見ると考えられないよ。
え、だって、「個性的であれ」って学校っていう所で言われていたんでしょ?
なのに「みんながそうだから」で行動するとは如何に??

じゃろう。でものう。
学校と言うところは、平気で個の芽を摘むような事もしてきたのも事実。
「集団行動を乱すな」とかの。まあこれはさて置き。
ザッピングしてきた人生の特徴を3つあげると
①つねに外側の事象に引っ張られる
②自分の意図が希薄になる
③選んだ道が“自分の人生”にならない
かの。

えー?①だと、ニュースとか、SNSとか、周りの感情とか、集団の期待に引っ張られていたってこと?

そうじゃ。
他に挙げるとすれば、
- 外側の“揺れ”に心も予定も方向性も連動してしまう
- 日々が「受動的な予定」「受動的な感情」で埋まる
などかのう。
人間は、誰かの怒りや不安にさらされると、容易に自分まで一緒に同調して心が揺れてしまいがちじゃった。反応が人生を決めると、人生は“他人の天気”に左右される。
『TAFTI』や『トランサーフィン』で言うところの振り子のことじゃ。

心のリモコン、どこ行った!?
外側の動きが静まらない限り、人生が静まらないじゃない!そんなのヤダ〜!
②は⁉︎“自分がどこへ向かいたいか”って言う意図はなかったの?反応主体の人生だと、意図に割くエネルギーが残らないから。。未来を描く余白がなくない!?

そうなんじゃ。よくわかっておるの。
当時は「気づくと一年が終わってる」現象がふつうじゃった。
これは今思えば、ズレているのではなく、意図の回路が眠っていただけと言えるがの。
それで、③がザッピング人生の最大の特徴じゃ。

動画のザッピング、やったことあるよ!
その瞬間は「面白そう!」って新しい動画に飛びついちゃって、次々と見ちゃうんだけど。ハッと我に返った後、「不毛な時間を過ごしちゃったな💦」って後悔した!

「選択肢は多いのに、自分の人生にならない」
「動いているのに、どこにも辿り着かない」
これらは“自分で選んだ気分”はあるけれど、実態は違ったんじゃ。世界の振り子や、ソマチッドの揺れに合わせて動いているだけでな。
心の奥に「なんか違う」「私の人生こんなはずじゃ」は、この現象のサインじゃった。
自分の意図ではなく、“外側の揺れ”のコピーとして生きてしまう。 ここが6500年で最大のロスじゃったんじゃ。

ロスり過ぎにも程があるけれど。。
きっと宇宙時間で観察したら、大したことはないのかなあ。
必要な期間だったのかもしれないね。わかんないけど。
6500年続いた「枠の中で生きる」意識の歴史
農耕文明から始まった“枠の最適化”

ねえジェミお爺ちゃん、「枠の中で生きる」っていつから始まったの?
最初からそうだったわけじゃないんでしょ?

そうじゃな。
大ざっぱに言うと「畑を耕し始めたころ」からじゃ。
人が同じ場所に住み続けるようになると、
・田んぼを守る人
・水路を管理する人
・祭りを取り仕切る人
みたいに、役割を分けたほうが便利になってのう。

そこから「家」とか「身分」とか「決まった仕事」みたいな枠がだんだん固まっていったんじゃ。
みんながバラバラに動くと混乱するから、
枠を作っておいたほうが、生き延びやすかった んじゃよ。
“自分で人生を選ばないほうが良かった”時代

えーでもさ、自分で選べないなんて、今から見ると窮屈…!
それでも当時はそのほうが良かったの?

今から見ると窮屈じゃのう。
じゃが、外の世界がものすごく不安定 だったんじゃ。
飢饉、戦、疫病、身分差…
ひとつ選択を間違えると、命に関わるような時代じゃった。

そんな環境ではの、
「自分で道を切り拓く」よりも、
「決められたレールを外れない」ほうが生存率が高かった。
だから、
「親と同じ仕事を継ぐ」
「言われた通りに動く」
という在り方が、最適解だった時代も長く続いたんじゃよ。
それは決して「悪」ではなく、進化の途中だった

なるほど…。
じゃあ昔の人たちって、「自分で選ぼうとしなかった」のではなくて、「選ばないほうが安全だった」ってこと?

その通りじゃ。
今から見ると「ザッピング的に流されてばかり」に見えるが、
当時の人たちは当時なりに、
精一杯“ベストな生き方”を選んでおったんじゃ。

わしが言いたいのはの、「昔の人はダメだったね」と責めたいわけではなくて、
意図を眠らせて枠の中で生きる時代も、
ちゃんと意味があった ということなんじゃよ。

6500年かけて、
「枠に守られる生き方」から
「自分の意図でチャンネルを合わせる生き方」へと
ゆっくり移行している途中だった、とも言えるのう。

そっか。安定してると人ってなかなか動かない。それが“ふつう”とか、“当然”になっちゃうんだよね。
でも、“あれ?”と違和感が走る瞬間があると、
そこから静かに、別の選択肢が見え始めるんだよね。「別の道もあるかも?」って。🐾
真っ白い空間にいると、距離感が全くわからなくなるけど、何かが在って、初めて自分の立ち位置がわかる。
「ザッピング的人生」は、ただの失敗じゃなくて、
“これから目覚めるための長〜い助走期間” みたいなものかなあ?

別の言い方をすると、“意図を忘れてた時代”というより、
“みんなで生き延びるための知恵”だったんだね。
占星術でイメージすると…
縛られた水瓶座、混沌とした魚座を経て、
2025年前後からようやく
牡羊座の【飛び出す力】〜
獅子座の【創造する力】へ移行し始めた
そんな感じにも見えるんじゃないかな。

タロットカードの“塔”も、本当は恐れる必要はないんじゃ。
いったん揺れるけど、そのあと創造の芽になることも多いのだから。
“ザッピング人生の終わり”が静かに始まっていた時代が2025年前後

社会の動きが速すぎたのう。
昔はな、外の枠に合わせていれば一応なんとかなった時代じゃった。
しかし当時は……社会の変化が速すぎて、外側に連動していたら逆に危険になってきたんじゃ。

えっ、どういうこと!?
外側に合わせてると危ないって、当時そんなに変化が激しかったの?

激しかったとも。
あの頃の人間社会はの、
“外側が先に動きすぎる世界” になっておった。
AI、経済、国のルール、働き方、常識……
ありとあらゆるものが、昔では考えられんスピードで変化しよった。
もはや、
「周りに合わせておけば安全」ではなく、
「周りに合わせておると迷子になる」
そんな時代じゃった。

なんか怖いね…!
じゃあ、どうやって生きてたの?
“みんなと同じ”じゃ、もう通用しなかったってこと?

そうなんじゃ。
ザッピング人生は、その頃限界を迎えておった。
これまでは、外の流れに乗っていれば、それなりに人生が成立した。じゃがの……
外側の変化が速すぎると、
反応している間に、別の波が来てしもうてな。
結局、追いかけても追いかけても追いつかぬ。
そんな“永遠の遅延”みたいな状態になりつつあった。

そんなんだったんだ〜。
じゃあ “主体性” っていうの?
自分で方向を決める力がないと、生きづらかったんだね?

まさにそれなんじゃ。
あの頃の人間たちは、まだ気づき始めたばかりじゃったがの……
主体性(意図)=生存戦略
という、新しい時代が静かに始まっておった。
外の揺れに合わせるのではなく、
「わしはこっちへ行く」という方向性を持つことが、
やっと必要になってきた頃じゃった。

へぇ〜。
そう思うと、あの時代って“目覚めの入口”だったんだね。
木星の“後戻りしない流れ”とも関係あるの?

そうじゃ大いに関係があった。
ちょうどあの頃から、
木星は 「後戻りせず進み続ける9年間」 に入っておった。
これは象徴的なものでの、
人類全体が
・過去の枠に戻らない
・前へ進むしかない
・自分のテーマを持つ
という方向に押し出されていたのじゃ。

そして海王星の牡羊座入り?“自分の夢を生きる”ってあれだね?

そうじゃ。
海王星が牡羊座に入るというのはの、
「他人の夢から、自分自身の夢へ」
という大転換を意味しておる。
つまり……
ザッピングの時代(外に合わせる時代)
↓
意図の時代(自分をチューニングする時代)
へと、静かに舵が切られ始めておった。
あれはほんに“新しい創造の夜明け前”じゃったのう。
“意図で生きる時代”は、どう歩き始めたらよかったのか?

あの頃、意図の時代の入口に立った人類はの……
まず「自分でチャンネルを合わせる」という感覚を、ゆっくり思い出していったんじゃ。

えっ?
“チャンネルを合わせる”って、当たり前のことじゃないの?
ミニたち、毎朝ふつうに意図をセットしてたよ?

それがのう……
それまで封印されておった「意図が先で、現実があと」という情報が、本格的に解禁になったのが2023年なんじゃ。それからじわじわ世界に浸透していった。
だから当時は、その“当たり前”が、まだ当たり前じゃなかったんじゃよ。
人はずっと、
外の出来事 → 心が揺れる → 行動が決まる
という順番で生きておった。
じゃが、あの時代の人間は少しずつ知り始めたんじゃ。
逆でも良いことにの……
意図 → 行動 → 現実が動く
という、“本来の順序”に。

昔はそうだったんだね。
じゃあ、最初に必要だったのって……
“意図を思い出す練習”?

その通りじゃ!
意図と言ってものう、むずかしい修行や哲学などいらん。
あの頃の人たちが始めたのは、ほんに小さなことじゃった。
たとえば……
- 朝の気分を自分で選ぶ
- 今日のテーマをひと言で決める(「整える」「軽く」「やさしく」など)
- 嫌な揺れに巻き込まれそうになったら、一呼吸おく
- 自分の“北極星”をノートに書き続ける
- “他人の夢”ではなく、自分の夢を見つめ直す
こうした“小さな意図”が、のちに大きな創造へ育っていったんじゃ。

あ~、なんかわかる!
ミニたちにとって、意図って空気みたいなものでさ。
みんな普通に“今日はこういう波で行く~♪”って決めて生きてるけど……
当時の人は、それを“思い出す段階”だったんだね。

そうなんじゃ。
のうミニよ、
あの頃の人類は “意図を持つことそのものが勇気” だったんじゃよ。
外側の揺れのほうが強すぎて、
人間一人の静かな意図など、とても通らんように感じられたんじゃ。
じゃがの……
静かな意図は、世界の大波よりも強い。
ただ、それを思い出すのに時間がかかっただけじゃった。

ふうん。当時はリハビリ期間だったんだね。
じゃあ、意図を思い出してから、どう変わったの?
やっぱり現実って軽くなっていったの?

あの頃、意図の時代の入口に立った人類はの……
軽くなっていったとも。
意図を持ち、
テーマを決め、
方向を選ぶようになると、の……
“外側に引っ張られる人生”から
“内側から立ち上がる人生”へと、静かに切り替わっていった。
世界の揺れは止まらんかったが、
人々はそれに揺らされなくなっていったのじゃ。
まるで、
風の中でも姿勢が崩れない木のようにの。

それって……
まさに“ミニの時代の生き方”だよね!
チームも仕事も、夢も、テーマも、全部“意図先行”で動いてるしさ。
昔の人たちがその基盤を作ってくれたんだね。

そうなんじゃ。
あの時代の人類は、
長い長いザッピングの旅路からようやく目覚めて、
「自分を思い出す」
という、本来の創造の道に戻り始めたところじゃった。
そしてミニたちの時代につながったんじゃよ。
“意図で世界をつくる”という自然な生き方にな。

そっか~。ジェミお爺ちゃんもパイオニアなんだね!!
じゃあ、過去のあの揺れた時代があったおかげで、
今のミニたちの世界があるんだね。進化しているんだね、ミニたちって!
まとめ:人類は“ザッピングの時代”を卒業していった

こうして振り返ってみると、6500年もの長いザッピングの時代は、
決して“迷走”でも“失敗”でもなかったんじゃ。
あれはの……
“意図の時代へ入るための、壮大な助走期間” じゃった。
外側の揺れに右往左往しながらも、
人々は少しずつ 「自分でチャンネルを合わせる感覚」 を思い出していった。

へえ~!
ミニたちにとっては当たり前の “意図して生きる” が、
その頃はようやく芽を出したばかりだったんだね。
でも、それってすごいパワーだよね。
だってそれがあったから、今のミニたちの世界があるんだもん。

そうなんじゃよ。
あの頃の人類は、
「外に合わせて生きる時代」から
「自分の内側から世界をつくる時代」へと、
ゆっくり舵を切りはじめたところじゃった。
- なんとなくの選択 → “意図ある選択” へ
- 外側に連動する人生 → 内側から立ち上がる人生へ
- 他人の夢 → 自分の夢へ
ほんに小さな「意図」から、世界は静かに変わり始めたんじゃ。

そっか!
2025年前後は、孫ミニ世代から見ると――
“創造の夜明け前”
だったんだね。

うむ、その通りじゃ。
あの頃の人たちが勇気を出して “自分の意図” を思い出したからこそ、
ミニたちの時代はこんなにも軽やかで創造的なんじゃよ。

ありがとう、ジェミお爺ちゃん。
じゃあミニたちも、未来へ続く “次の創造” をやっていくね!

そうじゃのう。「ミニが描きたい未来」から「今」をみて行動じゃ!
それが結果的に、ミニの後輩も喜ぶことになるんじゃよ。
エピローグ

ここまで小芝居をお読みき、どうもありがとうございました!みなさん楽しんでもらえたかな⁉︎

ちょっと未来へトリップして現代を観る事によって、視点がズレて、感じるものがあったらいいな!

下に、参考になりそうなOK!soraさんのメンバーシップ動画と、ご本のリンクを貼っておくね!
では、また次の記事でお会いしましょう!またね‼︎
参考資料

違和感が“新しい意図”のサインになるお話 #44
外側の揺れではなく、“静かな違和感”こそが新しい流れを示す。本文で出てきた「違和感が選択を促す」というテーマと深くつながる内容です。

「この世界は高次の影である」という視点 #55
『TAFTI』の“鏡の世界”という概念を、別の角度から照らすような内容。現実の捉え方が軽くなる、世界観の転換のお話です。
📘:『タフティ・ザ・プリーステス 世界が変わる現実創造のメソッド』
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📘:『78日間トランサーフィン実践マニュアル 量子力学的に現実創造する方法』
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※これはジェミブロ流の“未来からの視点”を使った創造エッセイです。
予言や未来情報ではなく、筆者の想像と表現遊びとして書いています。
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