
こんにちは!ジェミブロのジェミです!
前回は「時間という菌」という話をしました。
最後に「発酵と腐敗を分けるものは、自分次第」ってジェミは言ったけど、今回はその続きを考えてみます!

こんにちは、ミニです!
時間は誰にでも平等に流れる。でも、その経験が意味へと育つか、それとも一つの見方のまま止まってしまうかは、どこで差が出るんだろう?っていうお話です。
よろしくお願いします!
この記事でわかること
🧘♀️ 時間だけでは発酵しない理由
🧘♀️ 発酵と美化の違い
🧘♀️ 経験の味を深める考え方
🧘♀️ 視野を広げる練習とは何か
🧘♀️ 人生にスパイスを加える考え方

時間という菌だけでは足りなかった

前回、「時間という菌」という言葉をChatGPTが表現してくれた時は、「すごいな」と思ったんだ。
出来事はそのままではただの出来事だけれど、時間がゆっくり働くことで、少しずつ意味へと変わっていく。
まるで味噌や醤油が時間をかけて熟成するみたいに、人の記憶も時間の中で発酵するんじゃないかって考えた。
でも同じように時間は流れているはずなのに、ある人は経験から学びを見つけ、
ある人は何年経っても苦しさだけを抱え続けることがある。
それなら、時間という菌だけでは説明できない何かがあるんじゃないかと思ったんだ。

子どもの頃に言われた一言を何十年経っても思い出して、悲しんだり、むかむかしたりする人もいる。
その人の中では、まだ終わっていないんだよね。一概にすべて腐敗とは言えないけれども。清算しきれないことってあるじゃない?
でも、だったら、「時間が経ったから解決する」と言い切るのは、少し違う気がするね。

そうだよね。
味噌だって、大豆だけを置いておけば味噌になるわけじゃない。
麹も必要だし、塩も必要だし、温度や湿度も関係する。作っている途中で、腐っちゃうこともあるでしょう?
時間は確かに必要だけれど、それだけでは発酵しない。
だったら人間も同じなんじゃないかなって思ったんだ。
経験という材料があって、時間という菌があっても、それだけでは足りない。
何か別の条件がそろった時に初めて「意味」が育ち始めるんじゃないかって。

その「別の条件」って何なんだろうね。
20年前のジェミと、今のジェミは違う

今年の7月はフジロックに行くから、準備とか色々考えていたの。そうしたら考えが変化しているってことを1つ発見したんだ。

知らない人のためにちょこっと説明すると、
フジロックは毎年7月に新潟県・苗場スキー場で開催される野外音楽フェスです。広いスキー場の敷地を使って行われるんだけど。。
会場は山奥だから、天気が突然変わることがある。
そうすると参加者は一斉に雨具を着て、そのままフェスを楽しむという、何とも過酷な面もある音楽フェスなんです。

そう。で、雨も降るわけです。
そうすると舗装されている道ばかりではないから、土むき出しの道もあってね。それがまた独特な匂いがしてくるんですYO!
雨が降ると、土や草やぬかるみが混ざった、
何とも説明しにくい匂いなんだけれど。
口に出すほどではないんだけれども、
正直に言うと
「なんかくさい〜」
「なんの匂いなんだろう?」と思っていた。
気温が上がると、さらにかほる訳ですよ。
暑さのバテだったり寝不足が加わったりで体力が落ちていたりすると、少し滅入ってしまう匂いだった。

あれ、くさかったよね〜。
その頃は、その匂いに良い印象なんて全然なかった。
でもさ、ここ近年は昔みたいな匂いがしないよね?

そうなんだよ。くさくないんだよ。
西武HDの皆さん(苗場スキー場の持ち主)やSMASHさん(フジロックのプロモーター)の方々、改善してくれてどうもありがとう!って思った。
でも、そうしたら、ちょっとさみしくなった!
「あれ?くさくなくていいけど‥」って。
どうもフジロックへ来た感がちょびっと減ったというか。
不思議だよね。昔は嫌だったのに。あ、ジェミは匂いフェチというわけでもないよ!

はははカッテなことを言っておる。
でもジェミさん。
それは「もしかして美化している」ということはない?

まさか!そんなことないYO!
今でも「あの匂いはくさかった」と思っているし、
「良い香りだった」とは全然思っていないYO!
事実は何も変わっていないんだ。

じゃあ、何が変わったのでしょう?

ジェミ自身なんだと思う。
昔は匂いだけにスポットを当てていた。
でも今は、その匂いを思い出すと、
観たアーティストや、一緒に笑いあった人達や、
夜の光る装飾がキレイで楽しげな山道や、
寝不足やバテで伸びていた朝の
冷たい空気まで一緒によみがえってくる。
匂い一つだったものが、いろんな記憶と結び付いている。
だから「くさい」という評価だけでは終わらなくなったんだ。

なるほど。匂いの記憶が変わったんじゃない。
匂いに結び付いている記憶が増えたんだね。そのクサさも他のフジロックでの経験とパッケージされたってことかな。

香りは記憶と結びつきやすいって言われるものね。
ジェミのこの場合は、はよき香りじゃなくて‥good smellだったけども。
経験は、あとから厚みを持ち始める

出来事を経験したら、そこで終わりじゃないんだよね。
その日に理解できることなんて、本当に一部分で。
当日は「疲れた」とか「楽しかった」とか「寒かった」とか、そのくらいの感想しかミニは持てないなあ。

ジェミもそう。イベントならレポーターさんはすぐ記事にしてみんなに流布しているからすごいよね。
でもジェミは、日常のことでも、しばらく経つと、
「あの日があったから次はこうしようと思えた」とか、
「あの出来事があったから今の友達と出会えた」とか、
少しずつ点と点がつながり始める。

ミニとジェミの言語化が、ゆっくりということもあるけれどもね?
時間が経つことで、新しい意味が後からやって来ること自体は、
たぶんみんな同じなんじゃないかな。
「経験する」≠「即理解する」だね。経験はその日に終わる。
でも理解というか意味付け?付随する感想?オプションとかオマケみたいなことは、そのあと何年も続いていくよね。

それって、本を読む時や映画を鑑賞する時も似ているかもしれないね。同じ本を10代で読んだ時と50代で読んだ時では、心に残る一文が変わることがあるでしょう、きっと。
どの登場人物に共感するかってことも、その人の経験してきたことや性質によっても変わってくるだろうし。

あるある。
2025年の冬に、映画「ラブ・アクチュアリー」のリマスター版が映画館で上映されたから観に行ったんだ。
あの映画は、色々な立場で愛に関する悲哀な状況の人がたくさん出てくるから、周りのお客さんが目頭を抑える場所がそれぞれ違ったのを覚えてる。

例えば、ミニは友人の嫁になってしまった人に、ずっと気持ちを寄せていたマークの描写にうる🥺っと来たけれど、
隣の席の知らんマダムは、夫が浮気をしていると言うことに確信を得てしまって泣いているカレンに寄り添って一緒に涙を流していた。😢

ミニもカレンと同じ経験をしてその映画を見返したら、そこで共感して泣くかもね。
出来事が変わるんじゃなくて、受け取る自分が変わっていくから。映画の内容は基本的に何年経っても同じでしょ?
前回は「時間という菌が記憶を発酵させる」って考えたんだ。
でも考え続けていたら、少し違う気がしてきた。
発酵していたのは記憶じゃない。
記憶の見方だったんだ。
発酵と美化は、似ているようで違う

でもジェミ、一つ気になることがあるんだ。
さっきの苗場の匂いの話を聞いていて思ったんだけれど、
それって「美化」と何が違うんだろう。
昔は嫌だったものを、
あとから「良かった思い出だった」と言う人もいるよね。
そこにはどんな違いがあるんだろう。

う〜ん。
もしジェミが「あの匂いは本当は良い香りだった🩵」
なんて言い始めたら、それは事実を書き換えていることになる。
でも、ジェミは今でも「くさかった」と思っている。
その感想は昔と変わらない。
事実はそのまま認識しております。
発酵って、事実を消したり塗り替えたりすることじゃないと思うんだ。

くさかったものは、くさかった。
歩きづらかった道は、歩きづらかった。
疲れた日は、疲れた。
その現実を無かったことにしたら美化になるね。
でも、その出来事を思い返した時に、
そこへ新しい意味が加わることはあるね。

そうなんだ。
昔は「ちょっとうんざりした」という記憶の引き出しに、
「あの頃の空気を思い出す」
「あの年のライブを思い出す」
「一緒に笑った人々を思い出す」
という紙が少しずつ増えていく感じ。
事実は一つなのに、
意味が何枚も重なっていって、
総合して、
「くさかったのも思い出の一つのスパイスになった」みたいな。

ふうん。
発酵って、「良かったことにする」のではなく、
「見えているものが増えること」なのかもしれないね。
視野が広がるというのでしょうか。
「無理に前向きになること」じゃなくてさ。
ネガティブな「くさかった」だけにスポットを当て続けるのではなく、
その時の場の空気感とか総合的にみられるようになるってこと!
経験は味を深める

さっき食いしん坊のジェミがスパイスって言ったから、料理を例えにして考えてみる。
料理は材料は同じでも、
スパイスが変わるだけで印象が全然変わるね。
ジェミが好きなフライドポテト🍟にブラックペッパーが少し入るだけで味が締まることもあるし、レモンを搾るだけで急にさっぱりすることもある。

ポテト大好き!🍟
でも、じゃがいもは最後までじゃがいもだね。
スパイスによって材料は別のものに変えるんじゃない。
材料の持っている味を引き出したり、味を深めたりするね。
経験も同じかもしれない。

うん。本を読んだこと。誰かと話したこと。旅へ出たこと。
何年か経って振り返ったこと。
そういう経験全部が、スパイス。
出来事は変わらない。
でも、新しいスパイスが加わることで、その経験の味は深まっていくんだね。

「経験を増やすこと」だけじゃなくて、同時に「別の経験を味わい直すこと」。
同じ出来事でも、例えば10年の間に経験したことが加われば、違う味として感じられるようになる。
発酵する人は答えを急がない

じゃあ、発酵しやすい人ってどんな人なんだろう。

う〜ん。ジェミは、「答えを急がない人」なんじゃないかと思う。
嫌なことがあった日に、「最悪だった」と思うのは自然なことだけれども、
その日の感想だけで固定させないのがミソなのでは?と。

「今はそう思う」で止めておくんだね。
「まだわからない」
「あと何年かしたら違う景色が見えるかもしれない」。
その余白を残しておくのね。
余白があるから、時間という菌が働けるのか。

だぶん。
もし「これは絶対こうだ」と決め切ってしまったら、
新しい意味が入る場所がなくなる。
片付けして整理整頓する時の鉄則と同じだね。キャパに余裕を持たせておくって。
でも余白を持たせておいて、「まだ続きがあるかもしれない」と思えたら、経験はそこで終わらないんじゃないかな。だから時間だけでは足りない。

う〜ん。時間を菌と捉えるとおもしろいね!
その菌が働ける環境を作るのは、
焦って自分自身を固めない姿勢かあ〜。

あとね!視野を広げようとする前に、もう一つ必要なことがあるみたい。
OK!soraさんのYouTubeのメンバーシップでこの前から取り上げている『自然の法則』って本を早速読んでいるんだけど。感情を味わい切っていないと問題が残る、という考え方があるんだって。
そう考えると、悲しいことや悔しいことを「もう忘れよう」って急いで閉じ込めるより、一度ちゃんと感じ切ることも必要なのかもしれない。

だから「まだ終わっていない」ってこともあるんだね。
これからの配信も、とってもたのしみ!
おわりに

今回話していて、経験の発酵は「嫌なことを好きになること」でも、
「何でも前向きに考えること」でもないんだって思った。
事実は変えない。
くさかったものは、くさかったままでいい。
苦しかったことは、苦しかったままでいい。
ゴミはゴミじゃん。
資源ゴミなら、さっさとリサイクルに出す。
無理に甘く味付けをする必要なんてない。
でも、一つの出来事を一つの意味だけで終わらせないことはできる。

時間が経つにつれて、本を読んだり、人と話したり、新しい経験をしたりする。
その一つ一つがスパイスになって、出来事の味を少しずつ深めてくれるんだね。
で、そのスパイスを受け入れるには、感情をかっちり決めずに
「もしあの人だったらどう考えるかな」
「まだ気付いていない意味があるかもしれない」。
そんなふうに視野を広げる練習をし続けることで、同じ出来事でも少しずつ違う景色が見えてくるってことだね。

だから、発酵と腐敗を決めるのは時間じゃなかったね。
時間という菌は、誰の上にも平等なんだ。
でも、その菌が発酵として働くか、腐敗として働くかを分けるのは、出来事そのものでも時間そのものでもない。
視野を広げようとする姿勢。それが経験に新しい意味を与え、その経験の味を深めてくれるんだね。
はあ。考えごとをしていたらフジロックに行く時間になってしまったYO!

おお。はよせな。
今回はここまで!
また次の機会にお会いしましょう!またね!
.png)

コメント